• my Guru-s

    先生紹介

    Guru Ammannur Madhava Chakyar

    Guru Ammannur Madhava Chakyar

    グル アマヌール・マーダヴァ・チャーキヤール

    クーリヤッタム、ナンギャールクートゥ

    現代クーリヤッタム界を象徴する偉大な俳優。
    1917年5月13日ケーララ中部イリンジャラクダのアマヌール・チャーキャール・マダムで生まれ、2008年7月1日夜、9時15分永眠。享年91。
    アマヌール・チャチュ・チャーキャール、およびアマヌール・ワリヤ・マーダヴァ・チャーキャール、キタングール・ラーマ・チャーキャールのもとでクーリヤッタムを学ぶ。
    コドゥンガルール王宮のバーガヴァタール・クンニュンニ・タンプランにナティヤシャーストラと演技の奥義を習う。
    クーリヤッタムを代々伝承するアマヌール家の家元的存在であった。またクーリヤッタム演者の養成機関「アマヌール・チャーチュ・チャーキャール・スマーラカ・グルクラム」の最高顧問として、亡くなるまで若手育成に努めた。
    主な受賞歴
    1982 インド政府よりパドマシュリー
    1996 サンギート・ナタク・アカデミーのフェローシップ
    2002 インド政府よりパドマブーシャン

     

    Guru Ammannur Madhava Chakyar

    born in 13 May 1917 at Ammannur Chakyar Madhom Irinjalakuda. His father is Vellarappilli Matassi Manakkal Parameswaran nambuthiri and Sreedevi Illodamma. His Gurus are Ammannur Chachu Chakyar and Ammannur Valiya madhava Chakyar. His debut at the age of 11 at Thirumandhamkunnu Bhagavathy Temple near Perinthalmanna in Malapuram District. He learned Sanskrit from idushi Kochikkuvu Tampuratti and Vidvan Manthitta Namputhiri. He also learned Natyasastra and Abhinaya from Bhagavatar Kunjunni Tampuran , Kodungallur Palace.

     

    Awards
    Padmasree in 1981
    Sangeet Natak Akademi fellowship 1996
    Citation of UNESCO recognition of Kutiyattam in 2001
    Degree of Doctor of Letters form University of Kannur, Kerala 2002Padmabhooshan in 2002
    Kerala State 'Nrutha Natya Puraskaram 2007

    Ammannur Kuttan Chakyar photo by Hitoshi Furuya

    Guru Ammannur Kuttan Chakyar

    アマヌール・クッタン・チャーキヤール

    (Ammannur Parameswaran

    アマヌール・パラメーシュワラン)

    クーリヤッタム、ナンギャールクートゥ

    「アマヌール・チャーチュ・チャーキャール・スマーラカ・グルクラム」総裁。

    クーリヤッタムを代々伝承するアマヌール家の主要な俳優のひとり。アマヌール・マーダヴァ・チャーキヤールの甥にあたる。
    サンスクリット語に精通し、ラーヴァナ、バーリなどのクーリヤッタムの主要な役を演じるほか、チャーキヤールクートゥやヴィドゥーシャカの役など、現地の言葉(マラヤーラム語)でコミカルに語る演技も得意。

    G.Venu

    G.Venu

    ジー・ヴェーヌ

    クーリヤッタム、演技の基礎、演出

    11歳より舞踊劇カタカリの演技法を学び、その後、ケーララのさまざまな伝統芸能を調査するとともに自ら習得し、1975年「ナタナカイラリ研究所」を設立した。以来、クーリヤッタムをはじめ伝統芸能の振興に積極的に取り組み、実践を踏まえた数多くの著作も発表している。

    海外公演やワークショップの経験も豊富で、近年はスウェーデンの演出家P.オスカーソンが提唱する世界演劇プロジェクトにおけるヨーロッパ、中国、モザンビークの劇団との協同制作など、伝統の活性化に努め、優れた見識は内外の高い評価を受けている。
    クーリヤッタムにおいては自身、マーダヴァ・チャーキャールおよびパラメーシュワラ・チャーキャールの両師に教えを受けた優れた演者であり、若手の演者養成など伝承存続に努め、新作の演出、発表も行ってきた。

    近年では、演技メソッドを研究しナヴァラササーダナとして現代演劇の俳優たちの教育にも力を入れている。

    2007年日経アジア賞文化部門受賞

    Published worksAlphabet of Gestures in Kathakali (1968)
    Kathakaliyile Kaimudrakal (1977)
    Mohiniyattam - The Lasya Dance (1983,1995) (co-authored by Nirmala Paniker)
    Mudras in Kathakali (1984)
    Production if a play in Kutiyattam (1989)
    Puppetry and Lesser Known Dance Tradition of Kerala (1990)
    Tolpavakoothu - Shadow Puppets of Kerala (1990)
    Kathakalimudra Nighantu (1994)
    The Language of Kathakali (2000)
    Ammannur Madhava Chakyar:Ente Kutiyattam Smaranakaliloote (2002)
    Into the world of Kutiyattam with the Legendary Ammannur Madhava Chakyar (2002)
    Kathakali Kutiyattam and other Performing Arts (2005)

    Nirmala Panicer in class room

    Guru Nirimala Panicer

    ニルマラ・パニッカル

    古典舞踊モヒニヤッタム

    南インド古典舞踊モヒニヤッタム舞踊家、振付家、教育家。
    グル・カリヤーニクッティアンマに師事。子供時代からケーララの民俗芸能や儀礼、武術などに触れる機会に恵まれて育つ。南インド古典舞踊バラタナティヤムを学んだ後、ケーララの古典舞踊モヒニヤッタムを始める。
    ケーララ地方とタミル地方における女性舞踊の歴史や伝承に関心を持ち、タミル古典文学「チラパティカーラム」の研究など、南インドの舞踊の伝統の研究にも取り組んでいる。
    失われてしまった舞踊の技法や演目、なかでもケーララ固有の要素の研究・復興に情熱を注ぎ、それらを再構成した演目を創作・上演し、振付家としても高く評価されている。
    近年は、ケーララの女性舞踊と演劇の伝承の研究、および舞踊公演を行なう研究教育機関「ナタナカイシキ」を設立、自ら後進の指導にあたっている。夫であり、共同研究者であるG.ヴェーヌ氏と協力しながら、常に純粋かつ精力的に活動を行っている。
    モヒニヤッタムのムドラについての著作「Hand Gestures of Hasthalakshanadeepika in Mohiniyattam」など著書多数。

     

    disciple of guru Kalyani Kutty Amma, is a dancer and choreographer. As a research scholar, she has investigated the links between the dance forms practiced by the women of ancient Kerala and Tamil Nadu. Her main contribution consists in the revitalisation of those Mohiniyattam techniques that had largely been overlooked in the recent repertoire, most notably its desi or regional aspect. The features shared by Mohiniyattam, Nangiyar Koothu and Thiruvathira Kali and the dances described in the Tamil epic poem Cilapadikaram are of special interest to her.Initiated into the rich heritage of the Kerala arts through her childhood experiences where she witnessed several folk,ritual and martial arts the seed of inquiry sprouted in Nirmala's mind.Trained first in Bharatnatyam and then in Mohiniyattam she undertook research to rewrite the forgotten chapters of the Mohiniyattam technique and repertoire.She sought to find a common link between Mohiniyattam, Nangiar Koothu and Thiruvatirakali. The outcome of Nirmala's current study of Chilappatikaram, a Tamil epic by Ilangovan is poised to uncover a vast mine of untapped information co-relating dance practices in ancient India.Currently Nirmala Paniker has established Natanakaisiki - A Research and Performing Centre for the Female Dance and Theatre Traditions of Kerala (A Special Wing of Natana Kairali).Nirmala Paniker is storngly supported by her husband G. Venu (author of several books on Indian Performing Arts and Founder)

    Usha Nangiar with Guru Ammannur Madhava Chalyar

    Usha Nangiar

    ウシャ・ナンギャール

    クーリヤッタム、ナンギャールクートゥ

  • profile

    入野智江ターラ

    東京生まれ。作曲家であった父、音楽教育家の母のもとで、幼少より音楽に親しむ。

    劇団横浜ボートシアター、バンブーオーケストラ・ジャパンでの活動など経て、2008年東京楽竹団の設立に参加、現在メンバーとして竹楽器を使った音楽活動を行っている。
    南インド音楽の主要打楽器ムリダンガムを S.クリシュナ氏に、ケーララの打楽器イダッキャをP.ナンダクマール氏に師事。日本では数少ない南インドの打楽器の演奏家でもある。
    野火杏子氏に南インド舞踊の手ほどきを受けた後、1994年より南インド・ケーララ州をたびたび訪れ、グル・アマヌール・マーダヴァ・チャーキャールのもとでサンスクリット古典劇ナンギャールクートゥおよびクーリヤッタムを習う。
    1996年1月にイリンジャラクダにおいてナンギャールクートゥの初舞台。2005年8月のクーリヤッタム来日公演では「シャクンタラ−」に女優役として出演。日本で唯一の演者として公演やワークショップなどを行っている。伴奏打楽器ミラーヴの演奏と普及にも力を入れている。

    ケーララの女性舞踊モヒニヤッタムをニルマラ・パニッカル氏に師事。2000年よりスワミ・ハリオームアーナンダのもとでハタヨーガを学び、また2003年よりカリカットのヒンドゥスタンカラリで南インド古武術カラリパヤットゥを学ぶ。

    2010年6月イリンジャラクダにてイダッキャのデビューコンサートを行う。

    TOMOE TARA IRINO

    TOMOE TARA IRINO was born in Tokyo,Japan.Her father YOSHIRO IRINO was a famous music composer who died in 1980. Her mother REIKO also working on music.
    Tomoe joined "Yokohama Boat Theatre"(Japan) as a musician and also an actress in 1986, and participated several international art festivals with this theatre group (Edinburgh 1989, New York 1991, Hong Kong 1994, Singapore 1997,Romania 2003).
    She is a member of "Tokyo Rakutakedan", a music group which uses both original bamboo instruments and Japanese traditional bamboo flutes, since the group established in 2008. she has many performances with this group throughout Japan,as well as abroad.
    Since 1994, she studies Nangiar Koothu and Kutiyattam (Sanskrit classical theatre) in Irinjalakuda, Kerala as a student of NatanaKairali and Ammanur Chachu Chakyar smaraka gurukulam under Guru Ammannur Madhava Chakyar, Sri Venu G.,Sri Ammannur Kuttan Chakyar and Smt. Usha Nangiar. She finished her arangettam (the first performance) on Nangiar Koothu in January 1996. She performs Nangiar Koothu in Japan as well as Kerala.
    She studies Mizhavu (the accompaning drum for kutiyattam) from Sri Kalamandalam Rajeev,Sri Kalamandalam Hariharan, and Sri Kalamandalam Narayanan Nambiar.
    She also studies Edakka from Sri P.Nandakumar. She also is learning mridangam from Sri Sheejit Krishna in Chennai.
    She is leaning Mohiniyattam from Smt. Nirmala Paniker.
    She established AbhinayaLabo in Tokyo, and is giving opportunities to experience tradition of South Indian culture for people in Japan .

     

  • Mudra

    過去のブログから ムドラについて

    ムドラ

    2011/03/23

    ムドラというのは、サンスクリット語で印という意味である。印といっても、手印のことを言うことが多いと思う。身近なところでは、仏像の手の形などがムドラである。
     

    この形は「太陽」という意味のムドラの最終形。

    サンスクリット語で太陽は「スーリヤ」という。
    ヒンドゥの太陽神には、その他にもいろいろな呼び名がある。
    その中でも好きなものは、友人という意味の「ミトゥラ」


    このブログでは、南インドの古典劇において、言葉を表すために使われるムドラ(手印)に関係する話題を紡いでみたいと思っている。
    いろいろな手の形を使って言葉を表すということは、その言葉の持つ見えない力を呼び出すようなものだ。

     

    ムドラという言葉にはまた、喜びを生み出すもの、という意味もあるらしい。

    いま、このような試練のとき、見えない力の大きさをつくづく感じる、こんなときに、
    すこしでも喜びを生み出すために何をすればいいのだろうか。

    結婚式の慣し

    2011/09/10

    カピラの結婚式の時の写真

    このように、新郎と新婦が手をつないでランプの炎の周りを3周する、というのが昔ながらのヒンドゥの結婚式の慣しである。

    クーリヤッタムでも、「結婚する」というムドラは、左手を五本の指先をつけた状態にし、それを右手の人差し指と親指で握る、という仕草で表す。

    月例ムドラ研究会「木」

    2011/11/17-19

    昨日は、毎月行っているムドラの研究会の日だった。

    今回のテーマは前回に引き続き「木」

    道を歩いていて、あるいは林の中で、
    木に注目することがあるとしたら、どうやって見るだろうか?

    何かを見るとき、まずどこに目がいくか?
    たとえば、
    人を見る時であれば、だいたい最初に顔に目がいく。
    木の場合はどうだろう?

    何を見るか?どうやって見るか?によって、同じムドラでも表わすものに違いが表れる。
    そして、見方をちょっと試してみるだけでも、それは意外と実感できるものである。

     

    クーリヤッタムのムドラで「木」を表わす時には、下から上に見上げていく。
    こうすると、木がのびていく生命力を感じることができる、気がする。

    木を見るとき、他に何が見えるだろうか

    枝・・・
    クーリヤッタムの「枝」は、ちょっとわかりづらい。
    ひらひらもしているし、噴水の様でもある。
    葉っぱがたくさんついた枝の様子なのだろうか?
    ケーララは植生が熱帯だから、生えている木は日本とは違う。
    ということは、私たち日本人の思い描く枝とはちょっと違うのかもしれない。

    ムドラの形に具体的なもののイメージを求めると、ときどきわからなくなることがある。
    考えない方がいい時もあるが、気になるものである。

     

    木は、いろいろなものからできている。

    それは、たとえば
    若葉、葉、つぼみ、花、実

    ムドラを練習するとき、かならず、それらのイメージを思い描き、それらをリアルに見るようにする。
    実際にはそこにないものだけれど、見る。

    そこに見えれば
    それは、そこにあるのと同じこと。

    そして、
    ムドラでそれを表わすとき、小さな手の形が、いきいきと物を語りはじめる。


    ないものを見るって楽しい

    ムドラ研究会

    2012/02/07

    今日は月に一度のムドラ研究会の日

    最近この会では、マラヤーラム語で“ヴルクシャ ワルナナ”という一連の表現を少しづつ勉強している。

    ヴルクシャは木、ワルナナは描写といった意味だと思う。
    つまり、森や庭の木の様子を描写する場面である。

     

    この場面は足運びも多い。
    クーリヤッタムにおいてムドラは、手の形で言葉や概念を表すものだが、下半身もとても大事である。
    膝を曲げて、腰を落とした姿勢をとった上で、手でムドラを形作ると、表現が生き生きとしてくる。

    これは単純明快で、素晴らしい知恵である。

    公演写真のムドラあれこれ「見る」

    2013/02/28

    具体的でわかりやすいムドラのひとつ「見る」
    目の横で一度手を握るようにしてから、二本指を開くのが、クーリヤッタムらしい仕草だ。

    写真は、2013年1月にケーララ州・ラッキディにあるマーニ・マーダヴァ・チャーキヤール・グルクラムにてナンギャールクートゥを演じるウシャ・ナンギャール

    ムドラあれこれ「蓮の花」

    2013/03/08

    蓮の花を表すムドラ。
    蓮の花は日本でも特別な花だが、それはインドから仏教と共に伝わったのか、それとももっと古いのだろうか?

    濁った水の中に育ち、美しい花を開くことから、汚れることのない真の美しさを表しているとも言われる。
    どんなものも、その内側には真実の美しさを内包していることを表しているのかもしれない。

    ヒンドゥーの神へ捧げる儀礼に使われることも多い。
    イリンジャラクダのクーダルマニッキャムの神様は首に大きな蓮の花の花輪をかけている姿である。この寺院で供養に使われる花は3種類に限られているが、蓮の花はその一つで、毎日たくさん使われている。


    蓮の花のもう一つの特徴は花びらの数が多いこと。

    人間には身体の各部にチャクラと呼ばれるエネルギーポイントのようなものがあり、
    それぞれに蓮の花が対応しているそうだ。
    ヨーガなどで、ある段階に達すると、頭頂部に千枚の花びらを持つ蓮の花が開花し、そこからアムリタ(甘露)が流れ落ちてくる,などと言われる。
    先人達は、それをどのように感知したのだろう?
    想像をふくらますと愉しい。


    クーリヤッタムにおいては
    まず、右と左の手の平を合わせて少し膨らませた、つぼみの形からはじめることが多い。
    右側のエネルギーと左側のエネルギーが出会って調和している形である
    そして、指先から花開く。

    ちなみに、日本では水面から茎が伸びて、高い位置で花開くのを良くみるけれど、インドの蓮は多分種類が違い、熱帯性で花が水面すれすれに咲く。
     

    ムドラあれこれ「シヴァ神」

    2013/11/07

    神様すべてに固有のムドラがあるわけではないが、いくつかには固有のものがある

    シヴァ神のムドラは
    右手は槍先、左手は動物を表す形
    槍先はシヴァの持つ三叉の戟を表しているらしい
    動物は、シヴァの乗り物の牛か
    あるいは、シヴァは鹿を持っているとも言われている

    ちなみに、神々は色々な別名を持つが、クーリヤッタムの台本でシヴァは、パラメーシュワラ(=最高神)と呼ばれることが多い

    ムドラあれこれ「ヴィシュヌ神」あるいは「クリシュナ」

    2014/01/23

    女性のひとり芝居である「ナンギャールクートゥ」では、伝統的にクリシュナの物語を演じてきた

    クリシュナは笛の名手で、彼が吹く笛が聞こえてくると、人間も動物たちも、うっとりとしてしまう

    というわけで
    インドの舞踊でクリシュナが登場する時は、横笛を吹く形で表されることが多いけれども、ナンギャールクートゥでは違う

     

    写真のような形で表わす
    これはヴィシュヌ神を表すムドラでもある

    クリシュナはヴィシュヌ神の化身であるが、
    生まれて間もない赤ちゃんクリシュナも
    青年クリシュナも
    ヴィシュヌ神も
    みな、同じ形で表され

    クリシュナは、ある時を境に笛を手放したとされていて、ナンギャールクートゥではその後のエピソードも出てくるので、笛を吹く形を使わないのかもしれない

  • NavaRasa

    過去のブログから 演じることについて

    自分の中の演じるもの

    2012/03/18

    Venuさんが、ワークショップの中で語った言葉の中から、いくつか取り上げてみようと思う

    人の言葉を正確に伝えることはできないが、できるだけその心を理解しようと努力したい
     

    「演技するということは、個人としての自分が演じることではなく、

    自分の中の「演技者」が役の性質やその感情(bhava)を表していくことである。

     演技者は器であり、そこに感情が注ぎ込まれる。

     演技者はそれを外に見える形に表現する」

    ワークショップの時、
    注ぎ込むのは誰か?
    という質問があった
    それは個人である自分だろうか?

    多分
    「注がれる」という行為が大切であり、流れの中で的確な場所と的確な瞬間に身を置き、それを受け止めて注がれる、ということではないだろうか

    方位の神々

    2013/02/24

    インド古典劇のクラスで
    ナンギャールクートゥの「プラッパードゥ」
    という演目を練習しています。

    この演目は
    連続してナンギャールクートゥを上演する場合に初日に上演されるものです。
    物語の導入とともに、
    いくつかの純粋に舞踊的な部分や、
    神々への賛美などで構成されています。

    その中に
    八つの方位の神、それぞれに

    「花を捧げ

      舞踊を舞って

       祈りを捧げる」

    という部分があります。

    この八方位の神々はヒンドゥーの思想に基づいていますが、日本でも十二天として方位の守護神とされています。

    インドラ = 帝釈天
    東南 アグニ = 火天
    ヤマ= 閻魔天
    南西 二リルティ= 羅刹天
    西 ワルナ= 水天
    北西 ワーユ = 風天
    クベーラ= 毘沙門天
    北東 パラメーシュワラ = 伊舎那天

    インドからそのままの形で伝わって来ているんだな、と思うと何とも感慨深いものです。

    インドラは神々の長
    アグニは日本名の如く火の神
    ヤマは鉄の杵を持った死の神
    二リルティは羅刹神
    ワルナは海の神
    ワーユは風の神
    クベーラは富の神
    パラメーシュワラはシヴァ神の別称
    です。

    岡田正子氏による演技ワークショップを受けて

    2016/06/01

    岡田正子氏によるベラ・レーヌの演技レッスン
    以前から気になっていたが、5月に両国のギャラリーXで行われた三日間のワークショップの初日だけに参加させていただいた

    クーリヤッタムの演技と通じるものを感じたので、少し考えをまとめてみようと思う

    この日の課目は
    1.心の中のセリフ
    2.レセプシオン
    3.二義的動作

    「心の中のセリフ」というのは、台本からセリフを取ってしまってもお芝居が成立するように、心の中を充実させること

    「セリフがなくても充分その場の状況が演じられるようになった時、はじめてチェーホフの宝石のようなセリフが全部生きてくる。」とベラ・レーヌさんはよく仰っていたそうだ

    クーリヤッタムでは、台本の言葉を一語一語ムドラを使って表していく
    例えば、「蓮の花を見た」という文を表す場合は「蓮の花」と「見る」というムドラを順々に表わす
    「蓮の花」のムドラは
    胸の前で両手を合わせてつぼみの形を作り、少しずつ指を開いて花の形を作る
    その時、手で作った花の辺りに蓮の花をイメージし、花びらを一枚一枚目で追うようにする
    そして、心の中にその蓮の花のイメージを確立させて正面を見る

    次に「見る」
    両手を軽く握って、左右の目の横にもっていき、人差し指と中指を伸ばしてチョキの形にする、と同時に目を見開き、蓮の花を見る
    この時、どこに、どんな蓮の花が咲いているかがはっきりしていないと、漠然とした目線になってしまう

    言葉をムドラで表すためには、言葉が表している情景などを具体的に思い描くことがとても大事だ

    これは「心の中のセリフ」でやっていることと近いように感じた


    クーリヤッタムには基となる戯曲があって、それとは別に上演のための台本がある
    戯曲はサンスクリット語で書かれた古い文学作品だが、クーリヤッタムではその戯曲に書かれているセリフをそのまま舞台化するということをしない
    背景や行間を考え、具体化して組み立てることで上演用台本を作り、その台本に則って上演する
    この上演用台本は「心の中のセリフ」を構成したもの、と言えるかもしれない

    フランス演劇と南インド古典劇、意外な共通点がある

    ムドラは手の形で言葉を表す方法だけれども、声に出す言葉だけでなく、心の中の言葉を表していく方法でもある
    セリフではない部分を極端に深読みして表現しようとする指向性が、ムドラによる表現を発達させたのかもしれない

    2016/08/15 ナヴァラサの練習

    2016/08/16

    月に一度のムドラ研究会
    昨日は、ナヴァラサの練習をしました

    ナヴァラサ(NAVARASA)は、9つの味わいまたは情趣という意味
    ラサについては、インドの芸術に関する古典学問書「ナーティヤシャーストラ」に詳しく述べられています
    インドの芸術表現に欠かせない大切な概念のひとつです

    ⑴シュリンガーラ(Srngara)=恋
    ⑵アドゥブタ(atbhuta)=驚嘆
    ⑶ヴィーラ(Veera)=勇猛
    ⑷ハースヤ(Hasya)=滑稽
    ⑸ラウドラ(Raudra)=忿怒
    ⑹バヤーナカ(Bhayanaka)=恐怖
    ⑺カルナ(Karuna)=悲しみ、慈愛
    ⑻ビーバルサ(Bibatsa)=嫌悪
    以上の八つに、後世の解釈によってシャーンタというラサが加えられて、九つのラサという意味の「ナヴァラサ」と言われます
    シャーンタ(Santha)は平安という意味で、心に何も起きていない状態を指します

    ラサにはそれぞれ対応する感情や心の状態があります
    シュリンガーラは恋情や欲望
    アドゥブタは驚き、感動
    ヴィーラは気力
    ハースヤは笑い
    ラウドラは怒り
    バヤーナカは恐れ
    カルナは悲しみ
    ビーバルサは嫌悪感
    に対応しています
    俳優がこれらの感情を的確に演じることで、観客はラサを味わうことができると考えられています

    クーリヤッタムでは、これらの感情を表現するために、顔と目の表情に重点をおいた基礎訓練をします

    昨日は伝統的なスタイルで、床に座って、腕を組み、八つの感情を一つひとつの感情を順番に練習していきました
    最後に自分の中を見るようにして、シャーンタの状態に身を置き、ナヴァラサを終えました
    このような基礎練習は、何かを覚えたり、一度やって成果が出るものではありません
    何度も繰り返すことで、演技する身体に変容していきます

    ムドラ研究会でも、また時々練習したいですね
     

  • 楽器のこと、リズムのこと、徒然に

    過去のブログから

    Mizhavu

    2017/01/17

    「ミラーヴ」という楽器はクーリヤッタムに欠かせない太鼓です
    ”Deva Vadya(神の楽器)”と呼ばれ、普通の楽器とは違うと考えられています
    伝統的には、寺院劇場クータンバラムの中に置かれ、クーリヤッタムやクートゥなどが上演される時だけ鳴らされるものでした
    一度楽器が作られると、人間の通過儀礼のように、産まれた儀礼や、成人儀礼などを行ないます
    使われなくなれば、葬儀を行なって土に埋めたそうです
    このように儀礼を行なった太鼓は、寺院の外に持ち出されることもなく、常に皮を張った形で、クータンバラムに置かれなくてはならないそうです
    イリンジャラクダのお寺のクータンバラムでも、いつも大きなミラーヴが鎮座しています
    壷の形をした大きな胴は銅製です。昔は陶器製でした
    20世紀後半、寺院の外でも公演されるようになって、現在は銅製が主流になりました
    ミラーヴの胴は、人間の首から腰までに対応しているそうで、首から音が出るようになっています
    また、胴には「耳」と呼ばれる小さな穴があります
    首の先は直径20cm程度の円形になっていて、そこに牛皮を張って素手でたたきます
    クーリヤッタムでは、最初にこの太鼓が鳴り響くと、開演の知らせとなり、劇を観るために、天界、地上,地下界から神々をはじめとして様々なものたちが集まってくるといわれています
    演劇の伴奏のために発達した楽器で、繊細な感情の機微を表すことも、非常に荒々しい強さを表すこともできる楽器です
    近年ではミラーヴを使った太鼓だけの合奏も盛んになっています
    ケーララのパーカッションアンサンブルは、ゆっくりはじまって徐々に拍の間が詰まっていくスタイルが多く、1時間くらい叩き続けるのは普通です
    月末のライブでは、30分くらい、ミラーヴデュオで演奏する予定です

    ケーララパーカッションの魅力

    2017/01/26

    ケーララにはには色々な種類のパーカッションアンサンブルがあって、使われる楽器も様々ですが
    拍を刻む人がやたらにたくさんいるというのは特徴のひとつ

    10人で演奏していても、9人は拍を刻んでいて、細かいリズムを演奏するのはひとりだったりする

    最初はゆっくりはじまり、拍の間隔がたっぷりあって、多勢の男たちがその拍に集中して太鼓を打ちこむ

    時間をかけて、その拍が間近になっていくと
    聴いている者たちも、その拍の波に巻き込まれずにはいられません


    今度のムリウイでのミラーヴライヴでは、楽器は一種類、演奏者も女性二人だけなので、本場の雰囲気からはほど遠いのですが

    大きな拍から、だんだんと間がつまって盛り上がる感覚を、自分達なりに楽しめたらいいな、と思っております

    おつきあい頂ければうれしく思います(irino)

    クーリヤッタムのあいさつ

    2016/02/15

    リズムのフレーズを口で言うための言葉のようなものを、ケーララの言葉でvaithari(ワイターリ)という

    演技の練習でも、リズムが決まっている部分は、このワイターリと一緒に振りを覚えて、口で言いながら練習する

    どんな演目でも最初に出てくるのは、abhivadyamと言われるあいさつの動き

    rhyakkim dhaku kku kku kkum
    rhyakkim dhaku kku kku kkum
    rhyakkim dhaku kku kku kkum
    tha tharha tharhim

    両手を両耳の横で動かし
    その後腕をクロスして胸の前に下ろす
    この動作を右、左、正面に向かって行う
    胸の前で最後に両手のひらを合わせて、ひと回し

    こんな風に言われても、見たことのない人には、具体的な動きが想像できないかもしれない


    rhyakkim
    tharhim
    などは、ミラーヴ特有のワイターリだと思う
    たしかに、ミラーヴの音を聞くと、そういう風に聞こえるから面白い

    けれども、そういう風に演奏できるようになるまでは結構大変だとも感じる

     

    参考動画:ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナ
    1分25秒くらいからabhivadyam

     

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    2016年発表会の様子

    入野智江の父である故入野義朗は現代音楽の作曲家でした。母・礼子は音楽教育者として子供たちに西洋音楽の基礎を教えながら、ロシア、ドイツなどいろいろな国や地域との音楽を通じての交流に力を入れています。二人が創設した音楽研究所は現在、音楽の基礎教育とともに、来日した各国現代音楽家たちのレクチャーを行うなど、知る人ぞ知る現代音楽の情報発信地となっています。
    インド古典劇の演技法と、ミラーヴ、ムリダンガムなどの太鼓の演奏法のクラスを開講しています。

    東京楽竹団のオリジナル竹楽器

    以前、「横浜ボートシアター」の音楽を担当していた矢吹誠氏が芝居の中で使うために開発した竹の楽器「竹マリンバ」を中心に、竹で作ったオリジナル打楽器と尺八などの日本の管楽器などで音楽を演奏しているグループです。

    「バンブーオーケストラ」でともに演奏してきた仲間たちとともに、2008年「東京楽竹団」を旗揚げしました。
    東京の高尾を拠点に、コンサートや竹の楽器作りワークショップなどの活動をしています。2007〜2008年には竹楽器を持ってインド・ケーララに行き演奏や交流もしました。